アジアで就職したらブラック企業だった~南の島は蟹工船~

東南アジアでブラック企業に就職し、ストレスから入院し逃げ帰ってきた人間のブログ。        注・このブログはモデルとなった現地企業で働く人々などへの取材をもとにしたフィクションです。ただ、実際に起きている「空気感」は本物です。その辺りを味わっていただければと思います。

小説⑥〜ゾンビ会社への入口〜ポリシーなき上司

 勤務初日。私はインドネシアをよく知る転職エージェントのすすめに従い、スーツで出社することにした。そのエージェントによると、インドネシア人は特に見かけで判断することが多く、きっちりした印象を与えるスーツ姿が初対面では効果的だとのこと。お土産も持っていくといいと言われた。

 スーツ姿で出社すると、社内で紹介を受けた。H以外にはT部長に社長、そして男性の同僚が8人、インドネシア人スタッフは生産管理部門では6人いることが紹介された。

 T「今日からいっしょに仕事をする仲間だ。みんな色々教えてやってくれ。彼はすでに日本で経験を積んでるから『即戦力』としてみてるよ」と半ばプレッシャーをかけられるような紹介がみんなの前でなされた。

 Tは私を昼食に誘った。

 オフィスが入居するビルの近くの洋食レストラン。

 T「いや〜、いよいよ今日からだね。頑張ってよ。」

 私「そういえばTさんってなんでインドネシアで働くことになったんですか?」

 T「いや、それがさあ、新卒で入社した商社がすぐつぶれちゃって。友達とアフリカとかフラフラしてたら、創業者に声かけられて」

 こういう人間が海外で「日本が上向いていた時に働いた」人間の代表例である。

 T「はじめはさあ、給料が出ない時もあって。まあ、デモとかなんとか日本にいちゃ経験できないことばっかりだったからよかったけどね。」

 私「へー、そうなんですか。アフリカってどんな感じでした?貧乏ってイメージしかないんですけど。」

 T「うーん、なんていうか自国の産業がないから、輸入が多くて物価がすごく高かったよ。家電とか車とか」

 Tとの会話が15分続いた。カレーとトロピカルジュースが届き、食べ始めた。

 私「そういえば、J社の経営方針って何なんですか?」

 Tが止まった。

 T「いやー、インドネシアも政治的に安定してきたわけー。昔は火炎瓶とかとんでたからー。経済を語れる時代になったわけー」

 まあ、日本の企業なんてビジョンをきっちり語れる経営者などほとんどいないから、ショックは受けなかったが、Tの答えになってない答え、どこかの雑誌か本で覚えた文句の繰り返し、オドオド具合が気になる。うまいこと言うやつには気をつけろ。こいつがそうだ。

 このとき、悟る。「こいつは、ガンだ」と。

 私「そういえば、Hさん含めて2人はもうやめるんですよね?あれってどうしてですか?」

 T「いやー、うちの会社は大体、2〜3年で日本に帰るのが普通なの。求人も入社時27歳って書いてたでしょ?あれは3年働いても30で日本で就職するため。Hさんはもう満3年だしね」

 J社は大手自動車メーカー出身のカリスマ技術者がインドネシアで32年間続いたスハルト政権が崩壊した1998年に、ODA関係でたっぷり儲けた現社長と起業した。「アジアで通用する自動車マン(パーソン)を育てる」ことを経営方針とし、業界内では「J塾」として人材を輩出してきたことになっている。インドネシアの日本人社会でも一応は知られている老舗だ。2年前にカリスマ技術者が亡くなり、その後を継いたのがT

 私「そうなんですか。Hさんはともかく、Y君はまだ1年くらいって聞いたんですけど」

 Tギクッとした表情で「彼にも事情があるんじゃないの?まあ、彼が前の社長が採った最後の人だしね。うちの会社で続かないなら彼のなりたいアナリストなんて無理だろうけどね」

 一般的に離職率の高い会社には気をつけろと言うが、これなどその典型だ。

 THさんとはこの前話したんでしょ?どうだった?」

 私「いや、初対面なのにいきなり愚痴られて。入社前にあの人のツイッター見ましたけど、『社内でうざいやつがいる』とか社内の人の悪口とか結構普通に書いてますよね?あれって部外者からすると悪いイメージ与えてマイナスにしかならないですから、すぐ止めた方がいいですよ」

 T「まあ、今はツイッターでの発言は新聞記者でも認められてるからさあ」

 私「そうですけど、やっぱり自分を客観視できるレベルというか、最低限人前で話せるような内容でないとまずいですよね。会社の名前だしてるわけだし」

 T「その『客観的』ってのが難しいよねー。彼女も田舎から出てきててよくがんばってるわけー。ツイッターで情報発信してる方が企業イメージも良くなると思うし」

 私「まあ、部外者からみた意見を言っただけですけど。ただ、僕らが仕事を頑張っても世間的なイメージはあの人の愚痴ツイートで大分吹っ飛ぶのはしゃくですね」

 

 ツイッターでの発言は最近問題をよく起こすが、基本的なマナーが出来ていない人に「自由に」発言させると、トラブルにしかならない。ツイッターやってるから企業イメージがよくなるなんて、Tへの「アホ認定」がさらに加速した。

 

 こういうおしゃべりのあと、私たちはレストランを後にした。