アジアで就職したらブラック企業だった~南の島は蟹工船~

東南アジアでブラック企業に就職し、ストレスから入院し逃げ帰ってきた人間のブログ。        注・このブログはモデルとなった現地企業で働く人々などへの取材をもとにしたフィクションです。ただ、実際に起きている「空気感」は本物です。その辺りを味わっていただければと思います。

日本人の本質はスシにあり〜日本人論を読み直す②〜

日本人の本質はスシにあり〜日本人論を読み直す②〜

 

 記念すべき第一冊は、李御寧著『「縮み」志向の日本人』(講談社学術文庫)である。

 李氏は日本人の特性を「ものを小さくすること」だとし、にぎり寿司、扇子、トランジスタなど、日本人がモノを小さく縮めることが発想の根幹にあると説く。和魂とは「縮める」ということに他ならないという。

 李氏が上の日本人の特性を説明するために、日本語の中に「手」という単語がどのように使われているかという点の考察が特に興味深く、「手に入れる」、「手に負えない」など、日本人は実際に手で触れられる範囲にこだわるという指摘は鋭くハッとさせられる。さらに、「座」を常につくり、相手との間に常に断絶をつくらないという性質も指摘しており、例えば支払いの際に「お預かりします」という言葉が出るのもその一環だと指摘する。つまり、あくまで「預かる」のだから、次にまた来るというわけだ。こんな応対をする国は他にないだろう。アメリカでもヨーロッパでも中国でも韓国でもどこでもいいが、代金を支払って「預かります」と言われたら、「返してくれるの?」と不思議がられるだけだろうから。

 「縮める」ということは、何かを切り捨てるということを含んでいる。無駄なものを徹底的に排除して詰めるだけ詰めるから、日本的なものになるのだ。これが時間感覚に適用されると、「死」を意識することになる。武道の構えと茶道の作法は動きでムダが出ないように動作を圧縮した「構え」からなり、茶道の一期一会は二度と会えないかもしれない貴重な機会だから相手に誠心誠意接しようということになる。この点を李氏は生け花を例にとって詳しく論じているので、必読。

 日本論はルース・ベネディクトの『菊と刀』あたりが外国人に書かれたものとして知られているが、はっきりいってレベルはこちらの方が圧倒的に上。しっかり日本社会のことを理解した上で論を展開している。

 この本を読むと、隣人の視点からの自分がどう見られているかわかるだろう。アメリカやヨーロッパの知識人からみた視点が全てでは絶対にないのである。

 

 

「縮み」志向の日本人 (講談社学術文庫)

「縮み」志向の日本人 (講談社学術文庫)