ネットは人を幸せにしない。格差を助長するだけ。バカをよりバカにするだけマイナス。
最近ネット関連の著作を読み漁っている私だが、基本的にネットはリアルの人間関係に依存しているし、技術をうまく利用できる人間はいるが、それを除いては人間をおろかにし、一部の人間が儲ける仕組みでしかないとほぼ結論している。
前々から指摘しているように、基本的にはネットは万人に参加権は与えられている。ただ、それによってどのような結果になるかはその人次第。
ツイッターだって、言い争いにしか使えない人間がほとんどで、実名で人に誹謗中傷するバカもいるから、どうしようもない。
フェイスブックなどSNSにしてもリアルで仲がよくないとコメントのいいねボタンも押さないし、コメントなんてましてや。
結局、元から実力がある人がやると顧客数が増えたり認知度が高まったりするが、だめな人がやると、電車でケータイゲームやるだけ。あれは本当に罪深くて、実際に時間の無駄とネトゲ会社にカネを渡しているだけ。
注意力散漫になるし、本って肉体的なもので、読む苦労というものをしないと深い思考力は身につかない。
情報検索が早いって言っても、そこで早めて図書館司書などの職なくなっちゃったことと比べれば意味なんてあったのだろうか?
私は職業柄、ジャーナリスト、物書きのことは信頼を全くしていない。自分だってその時々の考えや思い込みでやっているから、客観性を最大限もたせることは努力しているけれども、それ以上ではないことは自覚している。
本来なら、自分が調べればいいのだ。それをジャーナリストや「専門家」に外注しすぎでは?
まあ、全部調べられないから、信頼できる人を見極める目というのが重要になるのだが、それはまた今度。
とにかく、今までメリットとされてきたところがとにかく全て胡散臭い。
アルゴリズムで順位を下げるコンサルタントもあるし、リーマンショックの後で金融機関のSEOを下げるのを高額でやとっていたとか。
つまり、一応中立をうたっているグーグルは中国で文化大革命とかの政治的なワードをめぐって追放されたが、コンサルタントの力を使えばそれが可能な以上、「中立」とはいえない。まあ、SEOの販売する業者もいるからその時点で同じだと思うが。。。
考えてみるとネットは、始めは夢の技術だったかもしれないが、もはや有象無象が感情を吐き出してすっきりするためだけに空間になったのだろう。いいところはドンドンへっていって、逆にリアルのように閉鎖的な人間関係に戻りつつある。ネットがオフラインの世界に追いついたといえるかもしれない。
ツイッター革命だって、始めはアメリカで訓練を受けた人がやって、それがあくまできっかけになっただけで、ツイッターそのものだけの力ではない。
日本の市民運動がツイッターで情けない論争をしているのを見ると、ツイッター革命の成れの果てのような感じがする。
とにかく、ネットは感情をとにかく前面に出すということ、技術である以上、使える人間と使えない人間で差をあけること、その辺は重要視していい。