アジアで就職したらブラック企業だった~南の島は蟹工船~

東南アジアでブラック企業に就職し、ストレスから入院し逃げ帰ってきた人間のブログ。        注・このブログはモデルとなった現地企業で働く人々などへの取材をもとにしたフィクションです。ただ、実際に起きている「空気感」は本物です。その辺りを味わっていただければと思います。

すべて一夜限りの恋人たち    

「すべて真夜中の恋人たち」(講談社、2011)は、水野くんという男性による女性への鬱屈した復讐譚である。

 長野県出身の彼は高校時代、特に頭がよいわけでも容姿に優れているわけでもなく、家でレコードをひっそりと聴くのが楽しみの平凡な毎日を送り、「オラも彼女ほしいだ」と年頃の悩みを抱いていた。

 彼は入江冬子という内気な同級生と仲良くなった。電話も頻繁にするようになり、家で遊ぶことになった。約束した時は意識しなかったが、童貞が女性を家に呼ぶという事実の重さ、焦りにとらわれる。

 当日、家についた二人は部屋へ。水野は「まずは音楽だ」と、アルゼンチンのアーティストの幻の一枚のとっておきを出した。聞きなれない音楽に初めは戸惑っていたようだが、雰囲気は和み始めた。そして、脱童貞への焦りから彼女を襲った。結果は非常に残念なことになり、「まあ、何も考えていないんだろうね。ただぼうっとしているんだ。僕は君をみていると本当にいらいらするんだよ」(P164)という劣等感のまんま裏返しのセリフを吐いてしまった。

 彼は悩んだ。冬子を傷つけたこと以上に、この格好悪さは何だ。彼は決意した。「新宿ゴールデン街の虎になってやる」と。彼は努力し、石川聖という美人キャリアウーマンとセフレ関係になるという成果を上げたが、彼女が妊娠したことを機に分かれた。

一夜限りの関係に心身ともに疲れた彼は長野に帰り、就職した食品会社の同僚で、高校の同級生でもある早川典子とできちゃった婚をする。凡人の2倍、女性にモテるために努力した彼は、生活が安定すると気が抜けたように他人の2倍早く年をとった。額は広くなり、まるで50代前半のようになった。精力減退で妻の典子とはすっかりご無沙汰になった。

 長野での生活に耐えられなくなった水野は、東京に住み始めた。典子の親の財産で当面食いつなげたからだ。世間体を気にして離婚させたがらない、田舎のメンタリティを利用した巧みな手口である。子供もいるのも強みだった。

 「教養でもつけよう。」彼が向かったのは朝日カルチャーセンター新宿教室。トイレで用を足して出てきた彼を襲ったのは、ゲロを吐いている同年代の女性だった。その女性は、どこか憎めなかった。連絡先を交換した私はとっさに高校時代の物理教師の名前である三束と名乗った。彼女と最寄駅の喫茶店で会うのは楽しかった。彼女が「あの」入江冬子だと知るまでは。

 水野は正体を告白した手紙を置き、ゴールデン街に消えた。

 

 

すべて真夜中の恋人たち

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