アジアで就職したらブラック企業だった~南の島は蟹工船~

東南アジアでブラック企業に就職し、ストレスから入院し逃げ帰ってきた人間のブログ。        注・このブログはモデルとなった現地企業で働く人々などへの取材をもとにしたフィクションです。ただ、実際に起きている「空気感」は本物です。その辺りを味わっていただければと思います。

「男の中の男」にはアレがない

フロイトいわく「男らしさ」は「男根の不在」によって完成するらしい。「真の男は女などに惑わされない」というわけだ。映画「ターミネーター」が、性欲がなく、冷静で淡々と完璧に任務を果たすアンドロイドを理想の父親として描くのもそのためだろう。兵器は男根の象徴と言われるけれど、本質的に生身の人間では絶対になりえない「男の中の男」なのだ。

安島太佳由著『要塞列島―日本への遺言』(2008、窓社)は、アジア・太平洋戦争で植民地を除く大日本帝国各地に建設された軍事施設、兵器を撮影した「男の中の男」集だ。広島、長崎はもちろんのこと、山中にあるトーチカなども収録されており、本土決戦への準備が進んでいたことを実感させられる。収録されている写真で最も印象に残ったのは宇都宮の中島飛行場で疎開地下工場として使われていた大谷採掘場で、これだけ深い穴を掘って人が作業可能にするのに、どれだけのお金やエネルギーが費やされたことだろう。考えただけで気が遠くなる。

私は兵器は「男の中の男」だと書いた。そしてそれは決して人間にはなれないとも書いた。とすると、兵器とは神なのかもしれない。西洋近代兵器だけが機関銃から原子爆弾まで、人類史上最も大量に、効率的に人間を殺戮できたことと、西洋社会を支える宗教が男性の絶対神であるキリスト教であることは無縁ではないように思う。自然を対象化して、人間―英語ではman(男性)が人間を意味する―が都合のいいように解釈・構成してきた文明を取り入れた近代日本。近代科学自体が中立では全くなく、西欧文明の「人間(理性)が自然(蛮敵)を征服する」イデオロギーに根ざしたものである以上、根本的にそれによって支えられてきた社会は根本的に疑われねばならないだろう。西欧史上最高の「理性」を持つアインシュタインの兵器開発の成果から生まれた原子力発電所が美辞麗句にも関わらず実際には存在自体虚しいものであるのは、「男の中の男」というフィクションが実在する奇怪さによるのかもしれない。

 

 

要塞列島―日本への遺言

要塞列島―日本への遺言