若かりしころの文章
「すべて真夜中の恋人たち」(講談社、2011)は、水野くんという男性による女性への鬱屈した復讐譚である。 長野県出身の彼は高校時代、特に頭がよいわけでも容姿に優れているわけでもなく、家でレコードをひっそりと聴くのが楽しみの平凡な毎日を送り、…
フロイトいわく「男らしさ」は「男根の不在」によって完成するらしい。「真の男は女などに惑わされない」というわけだ。映画「ターミネーター」が、性欲がなく、冷静で淡々と完璧に任務を果たすアンドロイドを理想の父親として描くのもそのためだろう。兵器…
普通、故郷という言葉は「暖かい」とかいった肯定的なイメージで通っている。そういう側面は確かに存在するけれど、その「暖かみ」が無知や無関心の上に成り立っているのではないのか、と中上健次著『紀州 木の国・根の国』(角川文庫、1980年)は問いか…
エライとは何だろう?地位が高いこと?社会に何らかの実績を残したこと?私から言わせればどちらも違う。噛みつかれることだ。それもまっとうな根拠を付けられた上で。 竹中労著『エライ人を斬る』(三一書房、1971年)は各界のエライ人に根こそぎ噛みつ…
『日本の歴史をよみなおす(全)』(網野善彦著、筑摩書房)は、普通日本で教育を受ければ持つであろう「男性中心の自給自足の農業国家」という歴史観に対して根本的な疑問を叩きつけた挑戦的な本である。語り口こそ柔和であるが、マジョリティの「正しい」…
『しろばんば』(井上靖著、新潮文庫)の舞台は戦前の静岡県のとある山村で、洪作という少年が主人公だ。彼は実の両親から離れ、曾祖父の妾であったおぬい婆さんと二人で祖父母が持つ土蔵に住んでいる。生まれた後、洪作がおぬい婆さんになついて彼女が住む…
これは、「3・11を振り返って」という課題です。 人間の思考と生まれ育った風土とはどの程度関係があるのだろうか。北アフリカやイタリアの貧乏人が不思議と不幸せそうに見えないと聞いたことがあるが、地中海では「太陽が平等に照らす」(アルベール・カ…
『風の歌を聴け』(講談社、村上春樹著)は、喫茶店でかかっているムード音楽のような小説だ。なんとなく人の気を引くような、誰でも共感できる作りになっているが、店を出た後何かが残るかというと何も残らない。饒舌なくせに無内容な本なのである。 主人公…
この本は実在しません。 日本は腹時計が支配する非常にいい加減な国になった。これが話題の元首相森喜○著、『テロリズムの原点~時間破壊~』(主婦の友社、2025年)である。 舞台は近未来のサラリーマン国家日本。年間自殺者数が100万人を超え、うつ病患…
私が某文章教室でやっていた課題作品を公開する。 とりあえず、いろんなジャンルにわたるので、見せてもまずくなさそうなものを あげます。
西田幾多郎著『論文の書き方』(岩波新書)は、文章作法の基本的な心構えなどが書かれた「文章読本」としては良くできた本である。「が」の使用範囲が広いため使い方に注意しようという技術的なことが書いてあるかと思えば、「文章とは観念の爆発である」な…
宮田珠己著『晴れた日は巨大仏を見に』(幻冬舎文庫)は宮田氏が全国にある巨大仏を巡るルポルタージュであり、茨城県にある高さ120メートルの日本最大の「牛久大仏」からスタートし、大阪にある岡本太郎作「太陽の塔」など合計14カ所を訪れる。宮田氏…
中島京子作『小さなおうち』は文藝春秋社から2010年に出版された、直木賞受賞作だ。戦前から女中として働いたタキという女性が主人公のこの小説は、甥の健二が語り手となる最終章以外はすべて二つの時間軸で構成されている。現在のすでに老齢となった現…
この話は、田舎にある小さな家が建てられるところから始まる。自然と季節感豊かな地方にあるその家が都会への憧れをもっていたところに、都市化の波が訪れる。かつてのような面影は少しもなくなり、小さな家もその存在を無視されるようになった。そんな時、…
あれは、まだ暖かさが残る10月の後半だった。クラブのイベントで知り合った女の子と食事に行くことになって、渋谷からバスにのった。少し派手めではあったが、唇が厚めの、可愛い子だった。私は普段、クラブにはいかないし、たまたま誘われて遊びに行った…
『もの食う人びと』(角川文庫)は辺見庸氏によるノンフィクションである。 ベトナム、チェルノブイリなど世界各地を周り、「食べる」という人間の根源的活動を通して世界の現状をルポするというもの。ルポ自体は非日常的な場所を訪れていることもあって、新…